5.この塀は何で出来ているの?

5.この塀は何で出来ているの? 上幸平

◇有田内山の中心部に当たる上幸平や大樽などの裏通りを歩くと、茶褐色の土塀を見かけます。「トンバイ塀」といい、有田以外では見ることがありません。
◇トンバイというのは、登り窯を築くのに使った内壁用の四角い煉瓦のことで、赤土とその焼粉混ぜて固めたものです。窯がたかれるうちに、薪の灰をかぶり、摂氏1300度以上の高温を浴びて、表面が釉をほどこされたみたいにガラス質に変化し、微妙な色合いに染まります。そのトンバイの廃材が、登り窯をこわしたときにたくさん出ます。使い捨ての窯道具であるハマ(磁器を焼くときに器物の下に置く粘土製の丸い敷き物)やトチン(焼こうとする磁器をのせる粘土製の棒状の台)と廃材のトンバイとを赤土で固めて築いたのが「トンバイ塀」です。上部には屋根の形に瓦がかぶせてあります。
◇赤土で固めただけなので、長い年月に耐えることはできません。そこで、皿山の風物であった「トンバイ塀」も年をおって姿を消しました。有田町が1983年(昭和58)に調べたところでは、総延長が875メートル。86パーセントが上有田地区にあり、上有田地区でも半分近くが泉山の大イチョウから大樽の陶磁美術館までの通りにまとまっています。そこでこの通りを「トンバイ塀のある裏通り」とよんでいます。
◇江戸時代、焼き物の商人が町すじに店を構えていたのに対し、窯焼きは本通りからはずれた人通りの少ない場所に住みました。製陶技術のヒミツを守るのに都合がよかったからだそうです。そして屋敷と仕事場は「トンバイ塀」に囲まれていたのでした。
◇有田町歴史民俗資料館から西へ数百メートルの所にある広場に「陶工之碑」があります。有田焼創業以来の多くの陶工たちの功績をたたえるものです。碑はトンバイを主にし、この地方特産の三間坂石で補強してあります。高さ1.1メートル長さ8.2メートル。1982年(昭和56)11月に建ちました。
(吉永 登)

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