23.十区七山とはどんな意味?

23.十区七山とはどんな意味? 外尾山

◇この「外尾山」の「山」というのは、「焼き物を作るところ」という意味です。有田の古い唄の文句に「有田皿山、茶碗山」というはやし言葉がありますが、この「皿山」とか、「茶碗山」という「山」も、やはり、「焼き物を作るところ」という意味です。日本ではじめて作られたのは有田町だということはよく知られています。それまでは磁器は中国から輸入されていたのですから、有田町で磁器が焼かれたということは歴史的に大きな出来事だったのです。しかも、磁器の原料となる陶石は、江戸時代の後半までは日本中でただ一か所、泉山の磁石場だけから掘られていました。そこで佐賀藩は、有田の焼き物産業を保護するために、陶石がほかの土地へ運び出されないようきびしく取り締まり、窯焼きの人数や窯場の地域を限定しました。
◇江戸時代の有田皿山は内山と外山に分かれていました。内山は旧有田町の地域で、外山は外尾山・黒牟田山・応法山・南川原山・広瀬山・大川内山・一ノ瀬山をいい、これ以外の地域で泉山の陶石を使って焼き物を焼くことは禁止されていました。そして、この制度は江戸時代から明治時代になってからも引き続いて守られました。
◇1924年(大正13)、泉山磁石場組合は当時の行政地名にもとづいて規則を定め、有田町(泉山区・中樽区・上幸平区・大樽区・本幸平区・中野原区・白川区・赤絵町区・稗古場区・岩谷川内区)の十区と、有田村のうち外尾山・応法山・黒牟田山・曲川村のうち南川原山・大山村のうち広瀬山・大川内村のうち一ノ瀬山・大川内山の七山のほかは泉山の陶石を使用してはならないと決めました。
◇つまり十区七山とは、江戸時代から泉山の陶石を原料として伝統的な有田焼を焼いてきたところという歴史的な意味をもつのです。有田磁石場組合は、計17か所に記念の石碑を建てる事業を進めています。

(宮田幸太郎)

 

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