19.川に残っている穴は?

19.川に残っている穴は? 白川

◇時期は陶石といわれる焼き物の原料を使ってつくられます。泉山から掘り出される陶石はかたい石で、このままでは焼き物を作ることはできません。これを細かくくだいて粉にし、さらに粘土にしなければなりません。
◇この陶石を粉にするのは水碓です。有田では「からうす」とよばれ、唐臼と書くこともあります。川の中に残る穴は、この水碓をとりつけた跡です。からうすは長さがおよそ4メートルほどで、なかほどに支点があり、テコの原理で動くようになっています。一方には水をためるように水槽がつけられ、もう一方は陶石をくだくための杵がついています。杵の下に臼が置かれています。川の水がたまると重みで下がり、水が川に流れ落ちて軽くなると、もとにもどり、このときに杵が臼の中の陶石をくだくというわけです。泉山から運ばれてきた陶石は大きすぎるので、それを5,6センチの大きさまで割り、戸外にしいたむしろの上に並べて、乾してから、からうすに入れて粉にしなければなりません。
◇有田ではからうすに屋根をかけて、「からうす小屋」とよび、このからうす小屋が川べりのいたるところにありました。からうすがどのくらいの数あったかは、正確には分かりません。江戸時代、からうすを所有していると、税金がかかりました。明治時代の税金の記録があり、それから計算すると約250にもなります。江戸時代にからうすをもつことができたのは窯焼き(窯を所有して本焼きを専門にする人)に限られ、窯焼き以外が陶石を買ったり、粉砕したりすることは許されませんでした。専門の製土業が許されるのは、明治時代になってからでした。
◇明治時代になると動力に蒸気を用られ、大正時代ごろから電力にかわりました。しかし塩田地方では水車を使った製土法が行われていました。現在では、電力を使ったクラッシャー(粗砕機)やスタンパー(粉砕機)が用いられています。

(宇治章)

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