◆ 年表 ◆ 「皿山なぜなぜ 有田陶磁史を歩く」

年表

(安土・桃山)
1577  唐船城主有田盛は龍造寺隆信につき従う。
1588  龍造寺政家は領国の実権を鍋島直茂にゆずる。
1592  豊臣秀吉、諸大名に朝鮮出兵を命じる。鍋島直茂、将兵1万2千を率いて出陣する。
1597  豊臣秀吉、再び諸大名に朝鮮出兵を命じ、鍋島勢も加わる。

(江戸)
1607  龍造寺高房が没して名実ともに鍋島氏の佐賀藩が成立。鍋島勝茂初代藩主となる。
1616  金ケ江三兵衛、多久から有田郷乱橋に移り、泉山で磁器原料の陶石を見つける。1625  有田金山を掘りはじめる(1627年ごろやめる)。
1630  このころ百婆仙らが武雄から稗古場に移り住む。
1637  佐賀藩は家老多久美作守に命じ、有田・伊万里郷の陶業従事者男女826人を追放し   製陶地を13カ所にしぼる。
1647  このころ酒井田柿右衛門が赤絵付けに成功、製品を長崎で唐人やオランダ人に売る。
1648  山本神右衛門重澄が初代皿山代官として有田に来る。
1673  延宝年中(1673~80)鍋島家御道具山が大川内山へ移る
1774  辻喜平次(6代)は朝廷から常陸大掾源朝臣愛常の官名を授けられ宮中ご用品をじかに納める。
1787  飢饉のため有田皿山で打ちこわしが起こる。
1828  台風のさなかに有田皿山で火災があり、人家のほとんどを焼いた。死者4、50人。
1856  田代紋左衛門が異国向け磁器の製造販売を許される。
1867  パリ万国博覧会に佐賀藩が作品を出す。 

(明治)
1870  ゴットフリート・ワグネルが有田に滞在し、製陶について学理と実技を教える。
1871  廃藩置県により皿山郡令所を閉じる。
郡令百武作十は免官。
1872  学制により白川学校を開く(翌年に外尾学校が)。
1873  陶業盟約のきまりを定める。
1875  県内で初めての会社・香蘭社が設立される。
1876  貿易商田代助作が本幸平に異人館を建てる。
1879  香蘭社から分かれて精磁会社が設立される。
1881  白川小学校長の江越礼太が勉脩学舎を創立する。
1895  有田徒弟学校が開かれる。
1896  第一回陶磁器品評会が桂雲寺で開催される。
1897  九州鉄道、武雄―早岐が開通。
1900  佐賀県立佐賀工業学校有田分校が設立される。
1911  有田で最初の株式会社として深川製磁が設立される。 

(大正)
1915  第19回陶磁器品評会の期間中に蔵ざらえが行われ、有田陶器市として発展する。1918  陶祖李参平の碑が建立される。
1923  このころから町内の工場に石炭窯が増加していく。
1933  帝国美術院第14回展覧会に有田町から松本佩山・松尾仁・古賀忠雄・鷹巣照久が入選する。

 (昭和)
1942  企業整備令が発動される。
1951  このころから石炭窯から重油窯にかわり、1962年ごろからほとんどが重油、ガス窯へとかわっていく。
1954  東有田町と有田町が合併。
1956  西有田村の一部が有田町に分村合併する。
1961  有田ダムが完成する。
1965  有田町で初めて本格的な窯跡発掘調査が天狗谷古窯で始まる。
1971  柿右衛門製陶技術保存会および色鍋島技術保存会が国の重要無形文化財に総合指定される。
1973  国道35号線(通称有田バイパス)が開通する。
1978  有田町歴史民俗資料館が開館する。
1980  佐賀県立九州陶磁文化館が開館する。
1985  佐賀県立有田窯業大学校が開校する。

(平成)
1992  有田窯業試験場が佐賀県立窯業技術センターと改称。2年後現在地に移転。
2006  有田町と西有田町が合併。

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