筍干盛り

 いよいよ有田の町は「陶器市」一色となりました。年に一度の大賑わいです。ここに至るには、明治29年の第一回「有田五二会陶磁器品評会」を始めようとした先達、また大正期に品評会に合わせて廉売市、今の陶器市の形を考えた若者、さらには各時代、時代の関係者の努力の集積が今の陶器市だと思います。改めてその歴史に登場する人々に感謝の思いでいっぱいです。

 ところで、以前、有田はうまいものの店が少ないと言われた時期がありました。その一方で「有田女は料理がうまい」とも。確かに料理自慢の女性が沢山いましたし、今でもそうです。さらに最近は「食と器」というキャッチフレーズも盛んに使われるようになり、旧西有田町の「食」と旧有田町の「器」とが融合し、新生有田町の未来を創っていくものと期待されています。

 この季節、有田では端午の節句、つまり男子の成長を祝う行事食として「筍干(しゅんかん)盛り(も)」というものがあります。筍干皿という専用の皿を使う場合もあったそうですが、大皿の中心にゆでた筍を立て、その周りにゼンマイ、フキ、シイタケ、ニンジンなどを適当に(彩りよく)並べます。筍には茹でた伊勢エビを這わせ、その他に梅や山椒の枝を添えるのが一般的だったそうです。この食材や飾り方には各家庭で異なっていたようですが、男の子の祝い料理ということで、全体が兜をイメージした豪勢な料理だったとのこと。また、周囲の山菜などを並べる際には「兵隊さん、兵隊さん」と言いながら並べていたと話して下さった方もいます。

 陶器市期間中ということもあってか、作る家庭も少なくなってきましたが、この筍干という言葉を国語大辞典で調べてみると次のようにありました。

①干した筍のこと
②筍を切ってアワビ、小鳥、かまぼこなどと色よく煮含めて盛り合わせた普茶料理
③食器の一種

等と説明されています。この中では②が近く、普茶料理から派生したものなのかもしれません。「筍干盛り」という言葉をネット検索すると、有田のあちこちの家庭でもこの豪勢な料理を作っていらっしゃることがわかります。ただ、その起源や謂れなどの詳細はよくわかりません。

 最近では「ごどうふ」が有田を代表する料理(食材)となりましたが、有田の初夏を彩るこの筍干盛りも、これから有田の郷土料理の一つとして未来に伝えていただければと思っています。(尾)

昭和40年代ごろ、NHK佐賀放送局で撮影された「筍干盛り」

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