窯道具の種類

 有田でやきものを焼成する際には、当然、窯に詰めて焼成します。その際に用いられる道具類を、一般的に窯道具と呼んでいます。この窯道具、所変われば品変わるではありませんが、生産技術が異なれば用いられる窯も異なるため、生産地によって違いがあります。ただし、肥前に限れば、元となった技術が共通するため、多少は地域色もありますが、大きな違いはありません。
 窯道具の種類は、形状別に細かく分類すると無数にあり、ここで一々説明するのはおよそ不可能です。有田に限っても、特に江戸後期に多彩な種類が用いられており、すべての窯に共通するわけでもありません。ただし、有田では明治頃から、徐々に美濃などの影響を受けて、棚板積みや匣鉢(さやばち)積みが普及します。そのため、江戸時代に用いられた多彩な窯道具もほとんど見られなくなり、ごく一部を除き、すっかりそれらの名称も忘れられてしまいました。

 こうした窯道具類の中で、ほぼ時代を問わず用いられた定番が、“匣鉢(サヤ・ボシ)”、“トチン”、“ハマ”、“チャツ”などで、特にハマやサヤなどは、現代でも盛んに使われています。これらを大別すると、サヤのように製品を中に詰めて焼く器状の道具と、トチンやハマ、チャツなど製品を上に載せて焼く焼台類に分けられます。さらに、トチンやハマは製品を載せる際に、製品の畳付(高台の端部)が窯道具との接点となるのに対して、チャツは高台の中の釉を剥いでそこに当てられます。そのため、チャツを用いる製品は畳付まで施釉しますが、トチンやハマの場合は釉薬による熔着を防ぐため、畳付部分は無釉にします。

トチン

 トチンとハマは、肥前の近世窯業成立期から使用される窯道具で、朝鮮半島の技術に由来します。両端部が広くなった棒状の窯道具がトチンで、円板形の薄い窯道具がハマです。ただし、ハマは1640年代後半以降、逆台形のものも急増します。それとともに、陶器質に加え磁器質のものも多くなりますが、こうした逆台形や磁器質のハマは中国・景徳鎮系の技術の影響によるものです。

 

 

ハマ(逆台形)

ハマ(円板形)

 さらに、ハマには“マンネンバマ”と“トモバマ”の別があり、前者が繰り返し使うのに対して、後者は一回ごとの使い捨てです。使い捨てなんて、何だかもったいない気もしますが、たとえば江戸後期の碗などのように、高台が薄くて比較的高いものなどでは、焼成の際に製品の収縮とともにハマもいっしょに縮まないと、高台の部分から割れてしまいます。そのため、収縮率の同じ製品と同じ磁器質の粘土を用いて使い捨てのハマが作られたのです。
 ところが、このトモバマ、実は発掘調査の時には大変です。何しろ使い捨てなので、大量に出土するどころか、土ではなく、ハマの層となって堆積しています。当然、掘ればジャラ~って感じで崩れるので、まっとうな方法では発掘さえできないのです。

チャツ

 チャツは、今ではほとんど使わない窯道具ですが、1650年代に普及します。17世紀には、主に青磁の大皿の高台内を蛇ノ目状に釉を剥いで、そこにチャツを当てて焼かれました。これは、もともと中国の竜泉窯(浙江省)の青磁皿の焼成方法で、直接竜泉窯の技術が導入されたとは思えませんが、中国系の技術には間違いありません。そして18世紀中頃以降は、染付製品でもよく使われました。

 

 

 

 

 

匣鉢 内部にハマが置かれている状況

 一方、サヤは焼台類とは異なり、磁器の成立とともに出現する窯道具です。磁器専用の窯道具で、陶器に用いることはありませんでした。サヤ自体は朝鮮半島でも用いられますが、高級品を焼くための窯道具で、官窯クラスの一部の窯に限られ、朝鮮半島に由来する陶器の技術には含まれていませんでした。そのため、実際に形状や成形方法なども朝鮮半島のものとは異なります。ただし、中国のサヤとも異なるため、有田で独自に考案されたものかもしれません。ちなみに、有田のサヤは朝鮮半島と同様に高級品生産用の窯道具であるため、積み重ねて使用されません。しかし、その後1640年代後半には、数段積み重ねるサヤが出現します。これは、量産目的にサヤを用いる、中国・景徳鎮系の技術の影響によるものです。

 

 

 

 このように、製品以外にも、有田の技術の中には、朝鮮半島や中国のさまざまな技術が取り入れられています。しかし、こうした消費者の目に触れることのない現場の技術は、よほどの大きな転機がないと変化しません。たとえ新しい方法が現代的な目からは効率的に思えても、それまでに培ってきた経験と実績を、簡単に放棄することは難しいからです。    (村)

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