久米邦武と有田

 明治4年から6年にかけ、約1年10カ月にわたって実施された岩倉具視特命全権大使一行による諸外国の歴訪は、新政府樹立直後の大事業でした。その使節団に随行し、体験と見聞をまとめ『米欧回覧実記』という全100巻、5編5冊にまとめたのが元佐賀藩士・久米邦武でした。
 邦武の父・邦郷は皿山代官を務めたこともあって、邦武の有田への思いは一入だったようです。使節団随行中の邦武は、イギリス・ミントン社やフランス・セーブルなどの製陶地を見聞し、さらには当時ウィーンで開催されていた万国博覧会にも立寄り視察しています。この万博には有田からも出品していましたが、これらの見聞で日本の陶磁器が世界で十分通用するという思いを確かにした邦武は、有田皿山の人々に対し、組織を整え明治9年に米国・フィラデルフィアで開催される万博に出品するように助言しました。
 これを受け、八代深川栄左衛門・辻勝蔵・深海墨之助らの窯元と商人の手塚亀之助らが合本組織・香蘭社を設立しました。この時の出品目録は㈱香蘭社に所蔵されており、その折の製品の一つが里帰りし、辻精磁社に所蔵されています。因みに、その作品は当時の記録では「切透耳無染錦菊キリ極地紋画 二尺五寸 花生一対 辻製」とあり、原価280円でした。

 その後、明治12年に経営方針の違いから八代深川栄左衛門と他の3人は分離・独立し、香蘭社は深川家の単独経営となり、他の3人はウィーン万博後に欧州産地での研修を積んだ川原忠次郎を加え、新たに「精磁会社」を設立しました。明治前期の有田焼はこの二大メーカーによって大きく飛躍したといっても過言ではないと思います。その誕生のきっかけを与えたのが久米邦武でした。

 先週、東京・目黒にある久米美術館から『久米邦武・桂一郎と有田瓷器展―肥前の精美を世界の産業に―』資料集を「時間はかかりましたが、活用していただけたら」という、伊藤学芸員のお便りとともにご恵贈いただきました。これは平成19年に同館で開催された企画展の出品解説をもとに編集された資料集で、その折開催された有田町の研究家・蒲地孝典さんによる「久米邦武と幻の明治伊万里」という講演内容も紹介されています。

 この資料集はA4判、32頁。久米美術館にて800円で販売されています。購入ご希望で、かつ郵送希望の方は、 現金書留にて800円と送料210円分の切手を 久米美術館にお送りいただけましたら、折り返し送付いただけるとのことです。
 その際には、送付先住所氏名と、「有田瓷器展資料集希望」との一言を明記してください。
久米美術館住所は下記の通りです。

〒141-0021  東京都品川区上大崎2丁目25−5  久米ビル 8F☎03-3491-1510

(尾)

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