実は10番まであった「有田皿山節」!

 先週、小さくて精巧な雛人形の道具類ができたら…と書きましたが、赤絵町にある国の重要無形文化財保持団体の窯元では、保持団体の職人さんによる小さな、可愛いお道具の数々が制作され展示してありました。一つ一つが精巧に作られ、極めつきは「銘」までも!その寸部違わずの技の凄さを改めて実感しました。

 ところで、当館・当課には全国の博物館や教育委員会などから書籍を恵贈いただいています。これほどまでに出版物が多いのかという驚きもありますが、当然書庫は満杯の状況を維持?しています。恐らく、同様の施設では同じ悩みをお持ちではないかと思います。どれも大事な書籍ですので、収蔵に関しての名案があればご教示ください。

 そんな中に、過日、当町の文化財保護審議会委員でもある金子信二さんからいただいた書籍は私家版ということで、一般には入手できないものではありますが、大変興味深いものでしたのでご紹介したいと思います。
 書名は「西松浦郡内各地歌謡」というもので、昭和10年11月に伊万里商業学校の教諭・山下惇先生が書かれたものを、伊万里市史編纂時に当館の古文書教室講師でもある前山博先生から提示されたとのこと。市史の掲載には間に合わなかったけれど、貴重な資料なので何とか形にしておきたいという強い思いで、山下先生の文章を翻刻し、金子さんが解題と解説をつけた形で出版されています。

 収集された地区は伊万里と有田が中心で、「民謡其の他」の項目に「有田小唄」があります。「ハア~有田よいとこ弁天公孫樹 空に黄金の葉を散らす♪」に始まる現在の有田皿山節のことですが、この本には今はうたわれていないものが5つありました。例えば「川の水から磁石のものを 知った陶祖の李参平」、「春は猿川八幡様の 鬱金桜の花が咲く」、「夏は涼しく有田の町は 暑さ知らずの白河谷」など、有田の春夏秋冬あるいは歴史までもが詠いこまれています。
 これを作った作詞家の野口雨情は昭和9年12月4日に来町し、その日は丸屋旅館(上有田駅前)に投宿。翌5日に鹿島へ向け出発したことが有田町役場日誌にあります。
 現在、歌い継がれているのは5番までですが、雨情は現在うたわれている5つの歌詞を揮毫して町の関係者に贈っています。曲がつけられ披露されたのが昭和31年4月ですから、その時に元々は10番まであったものが半分になったのではないかと推測されます。

 それにしても、よくぞこの資料を書き残していただいた山下先生と、また80年後にそれを世に出していただいた金子さんに感謝いたします。

 なお、この本は有田町図書館にもご寄贈いただきましたので借りる事ができます。ぜひ、一度読んでみてください。                      (尾)

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