文化財防火デー

 1月26日は文化財防火デーということで、全国各地で文化財を対象とした防火訓練が開催されます。ここ有田町でも教育長以下文化財課職員総出(といいながら私事のため一人欠席した尾です)で、27日(日)の午前中に大樽の陶山神社境内で行われました。
 陶山神社は元々、伊万里・二里町にある神原八幡宮から分霊し建立されたといわれています。「皿山代官旧記覚書」には宝暦八年(1758)の日記に、その年が宗廟八幡宮として勧請以来百年になるとあって、そこから遡ると1658年、万治元年頃に創建されたということになります。その後、皆様よくご存知の文政11年(1828)に皿山を襲った台風と大火によって宝殿、拝殿、祈願所や同じ境内にあった勧請寺という天台宗のお寺までもが、残らず焼失したと記録されています。

 江戸時代は八幡宮ということで主祭神は応神天皇ですが、明治4年(1871)、今から140年ほど前に神号を陶山神社と改め社格が村社となったと、昭和13年の「神社寺院祠之調査」にあります。
 境内には神社の祭礼で神事町(祭りを担当をした町)から奉納された鳥居や狛犬などがありますが、特に焼き物の里らしい報賽物は、明治20年(1887)に赤絵町から寄進された狛犬や翌21年の稗古場区から寄進の磁器製鳥居、同じく22年の中の原区からの大甕などがあります。これらは当時盛んだった、大物作りの技術を駆使した製品で、境内には所狭しと点在しています。さらに、昨年度新しく有田町の文化財に指定された本殿の磁器製玉垣は弘化3年(1846)に作られたものです。

 また、下の境内地には明治期に有田町をリードした香蘭社社長八代深川栄左衛門さんや白川学校(現在の有田小学校)の初代校長江越礼太先生の顕彰碑などもあり、さながら野外の歴史博物館のような感じで、境内を一巡すると有田の歴史の一端が伺える、そういう場所ではないかと思います。

 もう一つ、陶山神社には珍しい光景があります。それは境内地にJR佐世保線が通っているので敷地内に踏切があり、石段を登って参詣する時には要注意です。この鉄道は九州鉄道として明治30年に開通しています。当初はもっと町中を通る計画だったそうですが、汽車の振動や窯の焼成に使用した石炭の煤煙で焼き物作りに支障をきたすなどという反対があって、山際に敷設されたという話も残っています。

 今年も有田町消防署や消防団、地域の皆さまのご協力のもとで、訓練も無事終了したとのこと。早朝から、また寒い中を本当にありがとうございました。これからも地域に残る文化財を大切に保護し、次世代の人々へ伝えていきたいと思います。      (尾)

                

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