マニラの発掘

私がマニラを初めて訪れたのは、今から9年前の2004年のことです。スペインのガレオン船で有田焼がマニラから太平洋を越えて運ばれていたとする仮説を考え始めたのは、それよりもさらに10年以上前のことになります。仮説をまとめるまでの時間に対して、その証明となる陶片の発見はひどくあっさりしたものでした。初めてのマニラに到着して数日後、たまたま立ち寄った博物館の別棟の収蔵庫の窓際の机の上に見覚えのある文様の陶片がころがっていました。それがマニラで初めて見つかった有田焼の陶片でした。劇的な発見ではありませんでしたが、太平洋を舞台にした陶磁器貿易の研究の始まりでした。

そして、少し大げさかもしれませんが、その後の9年間の私の生活を変えた陶片でした。マニラでの発見の際に知り合った台湾の研究者が縁で、マカオやヨーロッパ、アメリカの研究者と知り合い、さらにメキシコ、グアテマラと親交の輪が広がっていきました。その中には有田焼の故郷がどんなところかと有田を訪ねてきてくれた人も少なくありません。

さて、年末にマニラに出かけて、フィリピン国立博物館に発掘計画書を提出してきました。無事に許可が下りれば、2月中旬から3月中旬の1か月をかけて、マニラの市街地の発掘調査を行う予定です。マニラで初めて有田焼の陶片を発見した時から温めてきた計画です。発掘資金は三島海雲記念財団と三菱財団にお世話になります。共同で調査研究を行うのは、1998年のカンボジアの調査以来、一緒に仕事をさせていただいている上智大学のフィリピン考古学者である田中和彦さんです。17世紀にマニラに渡った日本人、そして、マニラに運ばれた有田焼が明らかになればと期待しています。問題は年次休暇の大半を新年が始まってからいくらもしない間に使ってしまうことでしょうか。(野)

マニラ発見の有田焼

 

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