館報「季刊 皿山」

ふるさとは遠くにありて思ふもの そしてかなしくうたふもの…

ふるさとの山にむかいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな

ふるさとをうたった金沢出身の室生犀星と、宮崎出身の若山牧水それぞれの詩歌です。ふるさとを後にし帰る所にあるまじとする犀星と、放浪を続けながらも最後はありがたいという心に行きつく両者のふるさとへの思いですが、皆様にとってのふるさとはどのように感じられるものでしょうか。私どもが年4回編集発行している館報「季刊 皿山」はたかだか4頁の広報誌ですが、月刊の有田町広報誌に差し込み、町内の全戸に配布しています。その他に、他館や研究者、あるいは有田をふるさとにする方々へもお届けしています。

ただ、年4回とは言え、次号はこれで行こうと早々に内容が決まる場合もありますが、次は何を書こうかと思い悩むこともしばしばです。時に、読後の感想をお寄せいただくこともあって、私どもの励みにもなっています。今回、96号をお届けした横浜在住の元有田町民の方からは、「“ひのくに”が有田発祥とは知らなかった。懐かしい名前や同級生の活躍などもわかって嬉しかったし、メキシコにも旅したが有田焼も渡っていたのかと驚いた」というお便りをいただきました。京都在住の方からは「父から深川欧花さんのことは聞いていた。篠原高三先生は恩師の同級生だった」、また、地方紙の編集局長からは「支局長時代にお世話になった方々を思い出した」とそれぞれメールで読後感を伝えていただきました。

1年後、平成25年の冬号で100号となります。昭和62年12月28日に発行した創刊号では「皿山びとの暮しを古文書や写真などを加えてレポートしていきたい」「皿山の四季のお便りを、生活や歴史の中からお届けしたい」という趣旨の文言を載せています。当初、当時の有田町広報担当の先輩から「皿山びとの歌」という書名を提案していただき、ちょっとメルヘンチック過ぎるかなと思いながらもNo,34号まではそれが続きました。平成9年、朝日新聞社社友でバリバリの記者であった元館長のもと、9月1日付けの35号からは「季刊 皿山」と改題し装いも新たにしました。 表紙にはこれまた元館長のアイデアで「町史の行間」というコーナーも。元館長の格調ある文章には未だ及ぶべくもありませんが、ささやかな広報誌ながら、私どもの思いを込めてこれからもお届けしたいと思っています。

なお、バックナンバーは1号から最新号までHPに掲載しております。稚拙な文章で、いま読み返すとお恥ずかしい時代もありますが、そこは有田に対する思いの深さだということでどうかご寛恕ください。                                                                                                         (尾)

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