磁器と瓷器の違いは…?

やきものの“じき”は、日本では“磁器”と表記されます。しかし、その“じき”が生まれた中国では“磁”の代わりに“瓷”の文字を当てます。国が違うので、表記の仕方も違うだけではと思われるかもしれませんが、本当は、ずいぶん意味も違うのです。

中国では、やきものは“陶”と“瓷”に大別されます。一方、現代の日本では、“土器”、“陶器”、“炻器”、“磁器”に分けます。中国の2分割を日本では4分割するわけですから、当然それぞれに区分されるやきものの範囲は異なります。“瓷”と“磁”が違いそうなことは、これだけでも何となく想像できるかと思います。

日本で、“磁器”という名称が使われるようになるのは、明治時代のことです。ヨーロッパからの工業の導入とともに窯業技術も入ってきましたが、それとともに、特にドイツの影響によって“磁器”という区分が形成されたのです。ドイツでは、やきものは“土器(Earthenware)”、“炻器(Stone ware)”、“磁器(porcelain)”に分けます。それを、従来の日本の分け方であった“土器”、“陶器”と組み合わせて完成したのが、現代の日本のやきものの分類なのです。つまり、ドイツ磁器がどういうものか分かれば、日本の“磁器”の意味が分かることになります。

ヨーロッパ磁器は、1708年にドイツのドレスデンで誕生しました。そのモデルとなったのが、当時ヨーロッパに輸出され珍重されていた、中国・景徳鎮瓷器や日本の有田磁器です。その特徴は、素地が白くて硬く、染付製品を基本とするものでした。これは、中国の元王朝(1271~1368)の時代の末期に景徳鎮で発明されたもので、続く明王朝時代以降には中国瓷器の主流になりました。この系譜を引くものが、日本の“磁器”なのです。

一方、“瓷器”の方は、 中国で原始青瓷と称されるやきものを起源としており、今から3000年以上も前の殷代中期にはじまったと考えられています。つまり、“磁器”とは起源が異なるのです。ちなみに、この原始青瓷は、現代の日本風の分類で分けると“陶器”になります。よって、実際には、現代の日本で言う“陶器”以降を含む“瓷器”は、“磁器”よりも広い範囲のやきものを表す言葉なのです。

もちろん、日本には“瓷器”という表記の仕方はありません。しかし、前の方で、かつての日本では、やきものは“土器”と“陶器”に分類されていたと記しました。つまり、中国と同じ2分割だったのです。しかも、江戸時代の磁器は、実は陶器の一種でした。陶器の中の“染付”や“赤絵”であったり、陶器の中の“南京焼”や“南京白手の陶器”だったのです。そうなると、言葉こそ違うとはいえ、江戸時代の“陶器”という概念は、中国の“瓷器”にかなり近かったことが分かります。

日本の陶器が、“瓷”を意識してはじまったことを示す例もあります。“青瓷(あおし)”と“白瓷(しらし)”です。音読みすれば、文字通り“せいじ”と“はくじ”になります。“青瓷(あおし)”は飛鳥時代にはじまった日本で最初の陶器で、ちょうど色絵磁器の上絵具のような低い温度で熔ける緑色の鉛釉をかけたものです。一方、“白瓷(しらし)”は、現代の陶器の祖型となった高い温度で熔ける灰釉をかけたもので、奈良時代にはじまりました。“青瓷(あおし)”や“白瓷(しらし)”のはじまりとは、日本における陶器の成立を意味しています。そのため、やはり“瓷器”とは、“磁器”ではなく、むしろ江戸時代以前の“陶器”の意味に近いのです。よって、“瓷器”とは現代風に言えば、“陶磁器”という概念に近いかと思います。

しかし、こういう“瓷器”と“磁器”の意味の違いは、一般的にはあまり意識して使われていません。そのため、たとえば“明代の白磁”は良いにしても、“唐代の白磁”という表現が使われたりもします。そうすると、「磁器質じゃないのに、なぜ磁器なの?」という素朴な疑問がわいて、頭の中がもやもやしたままになったりもするのです。(村)

写真 中国の原始青瓷   左=内面  右=外面

 

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