マニラの日本人町

 はじめまして、文化財専門員の野上です。窯跡の調査や保存活用を担当しています。最近の私の研究テーマはガレオン貿易と有田焼の関係です。ガレオン貿易とはスペインがマニラ-アカプルコ間で16世紀後半から19世紀初頭にかけて行っていた太平洋貿易です。

 このガレオン貿易で有田焼が運ばれていたという仮説を立て、2004年から本格的に調査を始めました。これまでフィリピンに7回、台湾に5回、マカオに2回、メキシコに3回現地調査に出かけ、今秋にはグアテマラに出かけました。いずれの調査でも有田焼の陶片が遺跡から見つかっています。有田焼を積んだ船は、長崎を出帆した後に台湾などを経由して、マニラに持ち込まれ、その一部が太平洋を渡って、アメリカ大陸のスペイン植民地に運ばれていたことがわかりました。

 そして、来春、ガレオン貿易のアジア側の拠点であるマニラの市街地の発掘調査を計画しています(三島海雲記念財団の研究助成により行います)。17世紀のマニラにはフィリピン人社会の他、スペイン人世界である「イントラムロス」、中国人世界である中華街、そして、日本人社会である日本町など異なる文化と社会が混在していました。今回、調査を計画しているのは昔の日本町です。年末にはマニラに出かけ、フィリピン国立博物館と協議を行う予定ですが、少し問題があります。実は日本町と推定されている場所には、現在、市庁舎が建てられているのです。今のところ、市庁舎の建物の北側の公園を狙っていますが、どうなりますことか。

協議の結果は年明けにお知らせいたします。

 

日本町推定地に建つマニラ市庁舎

 

文化財専門員 野上 建紀(文化財課主査)

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